第318回 旅館の社会的役割とは

 今回の大震災で直接の被害はなかったものの、相次ぐ予約のキャンセルで大幅な売上原が続いている、ある中規模旅館の話である。

 この旅館は個人客が主体の時代になったとの認識から、ネット系エージェントの口コミサイトに対して敏感に反応し、この評価やクレームについて極めて真剣に対処し続けてきた。

 その結果、ネット系エージェントからの送客が増加し続け、同時に評価点もアップしている。

 しかし、営業の現場としては、二次消費の落ち込みが激しいため、地元の団体を低価格で引き受けてきた。

 個人客と地元団体客が混在しながらも、現場の改善をし続け、提供サービスの品質向上を怠ることなく続けている旅館である。

 しかし、大震災直後、他の旅館と同様、多くの団体客のキャンセルが発生し、回復の見込みがいまだ立っていない。

 これについてはいくら営業担当者が来館を呼びかけても仕方のないことだ。

 一方で個人客は、積極的な予約は少ないものの、キャンセルは団体ほどではない。

 このようななか、この旅館は顧客管理をしているランクの比較的高い個人客・グループ客に対し、家族や仲間同士の絆を深めるために、温泉旅館ができることを改めて提案したダイレクトメールを発送した。

 その結果予想を上回るレスポンスがあり、期間限定での特典をさらに追加していくこととした。

 規模の大きい団体や法人は、とりあえず自粛ということで今年は中止という決定をした以上、これを覆すことは旅館にはできない。

 しかし、個人客というカテゴリーは気持ちの切り替えや雰囲気の変化により、動き出すものである。

 だから団体客の見込みがたたないからといって、何もしないで立ち尽くしているのではいけない。

 今まさに個人から評価される旅館でなければ、これから存続していくことはできないことを痛感すべきだ。

 団体依存の考え方やオペレーションは大変危険だということは、震災が起きるずっと前から指摘されてきたことである。

 この傾向がなお一層鮮明になってきた。旅館の社会的役割というものを、今一度考えるときだ。

第317回 誠意を示すということ

 正常な旅館営業ができない毎日が続いている。

 計画した売上が全く立たないなか、支出も工夫していかなければ資金繰りが成り立っていかない。

 そこで金融機関のリスケや各方面への支払猶予に奔走している経営者も少なくはないはずだ。

 ここは誠意を持って支払い猶予のお願いをすることで、理解が得られることを期待したい。

 しかし、なかには何の連絡もないままに、業者への支払いを勝手に延ばす、つまり請求書に基づく振込みをしないでほったらかしにしているという話を聞いた。

 納入業者の立場からすれば、何の連絡もなければ通常通りの支払いをしてもらえると思っている。

 それを前提に資金繰りを計画しているはずだ。
 
 支払いを延ばすことよりも、キャッシュフローの計画が狂うことのほうが痛い場合もある。
 
 このようなことは、対金融機関についても言える。
 
 運転資金が必要になった場合に、急にしかも計画書なしの申し出は、金融機関の担当者にとって取扱がむずかしい。
 
 例えば普段から試算表を毎月提出し、経営状況を報告していれば、担当者もその旅館の中身を理解してもらえる。

 取引業者についても同じことが言える。カネを払ってやっているのだからと、あごで使うような態度をしている経営者は、一旦その状況が悪化すると、だれも支援はしてくれない。

 自分が困ったときだけ助けてくれというのは、どこの世界でも通用しないのは明白だ。
 
 こんな単純なことを、なぜ理解していないかといえば、その経営者は裸の王様になってしまって、注意してくれる人物がだれも周りにいないからである。

 世の中はいろいろな制度の下で成り立っている。この仕組みのもとでビジネスが展開されていることはたしかである。

 しかし、それを運用しているのは、生身の人間であることを忘れてはいけない。

 「この人のためなら何とかしてあげよう」こんな気持ちになる経営者には、予想もつかないような支援が得られるケースを見てきた。

 人間は緊急事態になると本性がでる。その人に対する評価が形になって現れるものだ。

 自分さえよければいいという、甘えの考え方は早急に捨てること。

 今まさに必要なことだ。

第316回 軌道修正する機動力

 二ヶ月ほど前、フレンチレストランが洋食の店に業態転換しようとするコラムを書いた。

 この店がこのほどリニューアルオープンした。

 震災直後はフレンチの予約客がほぼすべてキャンセルとなり、シェフもこんなときにフレンチでもないのだろうと、あきらめていた。

 それから三週間。
 
 オープンのタイミングは果たしてどうかとの心配をよそに、昼・アイドルタイム・夜ともに高回転をしている。

 最大のセールスポイントは、本場三ツ星レストランで修行したフレンチシェフが作る定番洋食。味は全く別物に仕上がっているのに、価格はランチセットでも千円前後。

 単品モノはもっと手軽な料金だ。
 
 このコストパフォーマンスの良さに、フレンチの時代には見向きもしなかった新たな客層が飛びついてきた。

 この店のシェフは今までフレンチというスタイルに固執してきたことが、自らの首を絞めていたことに改めて気づいたという。

 たしかに譲れないこだわりの部分や、シェフとしてのプライドもあっただろう。

 しかし、ビジネスとして飲食店を続けていくことができなければ、何にもならないことも事実だ。

 地方都市にあって、ハレの日に利用する客しかいなかったフレンチが、気軽にランチで利用できる店に転換したことにより、多くの客に確実に支持を得たのである。

 旅館の場合、どうしても器が大きいため、町場のレストランのように簡単に軌道修正ができないと考えがちだ。

 しかし、顧客が以前と比べて客足が遠のいた理由を、冷静に客の立場で考えれば、なるほどと思うところがたくさんでてくる。
 
 だからその理由を旅館自らが、ひとつひとつつぶしていく以外に方法はないのである。
 
 客が多く集まる店というのは、旅館であろうと飲食店であろうと、明確な理由がある。
 
 しかし、わが旅館がそうでない場合に限って、軌道修正ができない理由ばかりをあげて、結局なにもしないで終わってはいないか。
 
 外的な環境はいずれかならず変化していく。

 いつまでも自粛では、日本の経済が崩壊してしまう。

 近いうちに人が動き出したときに、それを受け入れるように今から軌道修正を図る必要がある。

 その機動力があるかないかの差が、今後の旅館経営において大きくものをいう。

第315回 復興のあとのシナリオ

 北関東および東北地方を中心に、営業再開の目途がたたない旅館が多い。
 
 また、直接の被害はなくても、計画停電や重油の不安定な供給、交通アクセスの影響や自粛ムード、インバウンドの大量キャンセル等により、大幅な集客減が続いている。

 現場の状況が個別に大きく異なるため、今後の見込みについては一概に言えないのが現状だ。

 そこで今回、過去の災害復興の事例がどれだけ参考になるかは未知数だが、災害を契機に見事に再生を果たした旅館があれば、逆に二度と日の目を見ることがなくなった旅館もある。

 再生を果たしたある旅館は、休業時から今後のマーケットについて仮設であるが自ら設定した。

 その結果、ますますの団体客の落ち込みと単価ダウンが見込まれ、地元直セールスでは競合旅館の安売り合戦が激化するだろうと踏んだ。

 このシミュレーションを事前に行い、受ける料金のラインを明確にした。

 過去には営業担当者が何としても成約に持ち込もうとしてダンピングをした結果、大幅な赤字を計上してしまった経緯がある。

 経営者は赤字が出ることは、何となくわかってはいたが、当面のキャッシュフローにはプラスになるだろうと黙認していた。

 ところが、このパターンが日常化し、地元団体客の金額が地域全体で押し下げた格好に落ち着いてしまったのである。

 この状況に巻き込まれてしまうと、自らの首を絞めることになると判断した経営者は、いち早く団体客の最低価格の決定とともに、ネット系の個人客と小グループ客へ、ターゲットを移行していったのだ。

 いまままで団体客の二次消費といううまみを享受していたが、もはやそのような時代は二度と来ないと見切りをつけた。

 このときに旅館自体が、大きな変化を自らすることができるかどうかが、存続の分岐点になったのである。

 今後、観光関連の復興にかかる時間は誰もわからないが、ますます提供商品の品質を、常に変化する顧客のニーズを的確かつ迅速に捉えて対応したところにのみ、客が集中していくことだろう。

 変化の予測とそれを見越した変化対応力が一層求められるのはまちがいない。