第344回 「笑顔の接客」の本質

 先日、一年間で売上を五千万円アップさせたという「カリスマ駅弁販売員」という方から、興味深い話を聞く機会があった。

 駅弁というものは、棚に並べておくだけでは決して売れるものではないそうだ。

 だから、客が店に入る五メートル以上先から観察し、あいさつをしたら五秒間は客の動きを見る。

 そして会話の中からニーズをつかみ、駅弁を買ってもらう、という一連の流れをわずかな時間の中で繰り返す。

 このプロセスの質の差が、売上の差となるとのこと。

 ところがこれを接客マニュアルに落とし込んでみたところで、誰もができるものではない。

 重要なことは、自分の「心の状態」をいかにコントロールすることができるか、だという。

 たとえどんなに辛いことがあったとしても、自分で心のスイッチを入れ替えて、最高の演技力で接客をする。

 そして仕事を十分楽しんで、笑顔で接客をすることが不可欠のようだ。

 満面の笑顔で語る講師に、多くの受講者は一瞬でひきこまれていった。

 その夜、このところ客の評価が低下しているある旅館に宿泊した。

 客を見ることはなく、無表情で淡々と業務をこなしていくだけのスタッフ。

 硬苦しい雰囲気のなかでの夕食であった。
 
 しかし、こちらからの問いかけには、きちんと答えが返ってくるし、笑顔も時々みせる。接客に不適格なスタッフではけっしてない。

 この旅館には、立派な接客マニュアルがある。

 作業そのものは、皆その手順にそって行われている。

 しかし、手順だけで心が全く伝わってこない接客が日常化し、少しずつ評判を落としてきてしまったようだ。

 この旅館の経営者は、「もっと笑顔を!」と注意を促している。

 しかし、なかなかいい結果がでないという。

 その原因はスタッフ一人ひとりが仕事を楽しんでいないからであり、仕事を通しての明確な目標がないからである。

 ならばそこの領域に経営者自らが手を差し伸べてみてはどうか。

 あくまでも自分の目標であり、自分の心の持ちようの話である。

 しかし、目先の仕事を毎日淡々とこなしているスタッフに対して、気づきの機会を与えてあげることは、とても重要だ。

 仕事を楽しんでこその「笑顔の接客」である。

第343回 協議会版DDSについて

 各県の中小企業再生支援協議会を活用した旅館の再生案件がかなり多い。

 数年前までは、借入金の返済猶予(リスケ)という手法が一般的だった。

 しかしこれでは抜本的な改善ができないまま猶予期間を迎えてしまうことが多い。

 また、安易な再建計画のため、実績が計画に遠く及ばない事態が発生し、債権途中で民事再生の申請を行わざるを得なくなった事例もある。

 そこで特に借入金額が多い大型旅館の場合は、金融機関債務の一部を劣後ローンにして、当面の借入返済額を少なくし、なおかつ劣後ローン分は猶予期間中、負債扱いはしなくてもいいという方法を選択するケースが目立ってきている。

 これが「中小企業再生支援協議会版資本的借入金(いわゆる協議会版DDS)」である。

 これによるとDDSの期間は15年で適用金利は0.4%程度である。

 ここで重要なことは、計画策定の条件として3年以内の黒字化、5年以内の債務超過解消ということである。

 黒字化というのはフル償却を行ったうえでの利益確保であり、債務超過解消とはDDS分の負債は含まないものの、これまでの減価償却不足や財務査定による実質債務超過額を基準としている(決算書上の債務超過額をかなり上回るケースがほとんど)点である。

 これは何を意味するかと言うと、3年以内に単年度で利益が出る体質に変わる可能性が高い旅館にのみ、対象となる再生方法なのである。

 つまり条件を緩和しても再生の見込みが立たないところには、支援できないといっているのだ。

 だからこそ、この支援を得ようと検討している旅館は、フル償却をしての損益分岐点売上高を基準として、現在の損益状況とのギャップを計算する必要がある。

 そして3年間の猶予期間内にこれをクリアしていく売上高アップと、コスト削減の目標値を明確にすること。

 またそれを実現させるための具体的な方法を確立していくことが不可欠だ。

 この段階でコンサルタントのサポートを得て作成するケースが多いが、実行していくのはあくまでも経営者自身である。

 途中で頓挫してしまっては、その次の再生支援は無い。

第342回 経営効率化と顧客満足の両立

 経営効率化と顧客満足の両方を同時に強化しなければならない、という課題を抱えている旅館が多い。

 典型的な例は、債権者である金融機関が旅館の経営状況に逐一口を挟む環境にある旅館だ。

 基本的に返済猶予中の場合は、試算表の提示を毎月求められ、計画との差異がある勘定科目については、その理由を細かく聞かれる。

 また、軌道修正をどのように実施していくかを早急に回答するよう求められる。

 特に金額が多い人件費については、変動費と捉えよというスタンスのところが多い。

 つまり、計画した売上高に達しない場合は、その分人件費を減少させよという論理である。

 旅館の現場では、すでにリストラの実施や、退職者の補充をせずに、何とか現場でまわしているところに、さらにもっと減らせという指示がくる。

 そうなると客に対するサービスの低下という形に表れる。

 ある旅館で「この旅館は以前よりも質が低下した」と客が現場のスタッフにクレームを出したところ、「人が少なくてやっとこなしている状況です」という言葉が返ってきた。

 ある意味非常に正直な回答であるが、内部事情を口実にするほど疲弊していることを、ネットエージェントの口コミに投稿されたのである。

 経営者はさぞびっくりしたことだろう。

 多くの旅館はこのような現実に対して、客に不満を与えないようにはどうしたらいいかを、工夫と努力で乗り切ろうとしている。

 しかし、現場からは、状況は理解できるが、いたいいつまでがまんすれば、この体制から脱却できるのかという不安の声が上がる。

 それに対して明確な回答ができない経営者に対しては、やがてその旅館を去っていくスタッフがまた1人2人と現れることになる。

 これら負のスパイラルを断ち切るためには、この難問に対して断じて逃げてはいけない。

 常に現場に目を向け、先頭に立って取り組んだ経営者だけが現状を打破する可能性がある。

 現実に目を背け、あきらめてしまったところは、例外なく自主再建はできなくなっている。

 金融機関は結果だけを重視する。

 求められた結果を導き出す方法を決めて実行するのは、あくまでも経営者である。

第341回 宿泊単価をどう捉えるか

 決算期を終え、次年度の経営計画を銀行に提出したある旅館では、それをどのように実現していくかというテーマで幹部会議を開いていた。

 この旅館は銀行からの金融支援(リスケ)を受けており、売上が伸びる要素がなかなか見つからないため、相当の経費削減を要求されている。

 しかしその金額は返済財源を確保するために逆算されたものであり、旅館からすれば現実的な数字とは到底思えないものであった。

 これまで原価や経費のコストダウンを続けている中、さらに大幅な人件費削減を要求されたのである。

 つまり次年度経営計画の実態は、こういった銀行の意向をそのまま反映したものに他ならない。

 銀行の言い分は、その立場に立てば分からないわけではない。

 しかしその計画が実現できなければ、経営者の交代もありうるという言葉を、素直に聞き入れるわけにはいかない。

 いまこそ自分たちがふんばらなければならない時だという、強い経営者の思いがあった。

 そこでこの旅館がとりかかったのは、「ビジネスモデル分析」だ。

 決算書の損益計算書の数値を年間宿泊客数で割り、宿泊客一人当たりの損益実績をだした。

 次に売上原価とエージェント手数料を変動費ととらえ、宿泊価格帯別に宿泊客一人当たりの損益モデル一覧表を作成した。

 その結果、この旅館では、宿泊単価一万四千円が損益分岐点宿泊単価であることがわかった。

 それ以下では、宿泊客一人当たりの経常損失が発生するのである。

 当然宿泊単価が下がれば下がるほど損失額は増えてくる。

 そこで現在の宿泊単価別の年間入込客数と各売上高一覧表をエクセルで作成し、それぞれの数値をシミュレーションすることで、平均宿泊単価と連動させたのである。

 現状の平均宿泊単価は一万三千円であった。

 分岐点との差額二千円を二年計画で埋めるという目標をたてたのである。

 そこで入込数の多い価格帯三本に絞り、これらをまず千円アップをめざし、価格帯をひとつ上のランクに移行させることを、全社体制で取り組み始めた。

 この旅館経営者は、その推移を逐一チェックし、予約や営業担当の宿泊価格交渉を陣頭指揮している。