第287回 「郷土文化伝承の宿」の商品発想

 ある小規模旅館へ出向いた。ここは泉質のよさを売りにしており地元客の日帰り利用と宴会を伴った宿泊が主な客層だという。

 施設の老朽化が目立ち、客室の多くがアウトバストイレであるため、大手エージェントからの送客は皆無に近い。

 自ら打って出なければ、この先売上の低下は避けられないことは明白だ。そこで経営者は近隣の体験型窯元や有名文人の生家、郷土の文化関連観光施設とタイアップし、周遊型観光と宿泊をセットにした独自の商品を作成し中小エージェントに売り込んでいった。

 努力のかいがあって少しずつではあるが、このタイアップ商品が売れ始めていった。

 本来ならば、旅館は施設・料理・サービスといった基幹商品についてのレベルアップを図り続けなければならない。しかしながら、資金的、能力的、人的な面から理想的な展開を図っている旅館はごく一部にすぎない。

 ならば、このハンデを克服する手立てはないものだろうか。この旅館経営者は旅館を基点とした地元ならではの連携商品を複数開発することが不可欠であると考えた。

 そこで「郷土文化伝承の宿」というコンセプトのもと、地元で埋もれている歴史・風習・遊び・料理・芸能・施設等をピックアップし、ひとつずつひもとくことからはじめた。その結果、かつて数十年前に盛んに行われていた指人形劇が目に止まった。しかし、後継者がいなくなってしまい消滅寸前の状態だという。

 旅館経営者は地元の人々にとってはとても懐かしい指人形芝居を宴会場で復活させ、やがて定期的な上演にまでこぎつけた。

 ウイークデーの高齢者団体を主なターゲットとして、昼食つきでの商品化に成功したのである。

 これは社会的にも意義のあることだということで各マスコミの取材も多く、結果的に宣伝効果も得た。

 今後はこの指人形芝居をきっかけとして、さらに郷土の文化の発信基地として旅館の立ち位置を定め展開を図っていく計画だ。

 基幹商品のみで他館との差別化を図り、集客していくには限界がある。だとしたら、旅館を取り巻く環境を見直し、それを取り込んで旅館商品を構築する発想を持つことも悪くはない。