第261回 「旅館の原点」に戻るということ
旅館を取り巻く経営環境が厳しい中、経営戦略の再構築を模索しているところは非常に多い。
現場では、プランや料金の見直し、直営業やネット展開の強化等、様々な角度から集客目標を達成させるための検討が行われている。
しかし、このような状況下では、策を講じても、思い描くような結果にはなかなか到達できない場合が多い。旅館の都合に合わせてくれるはずもなく、戦略が定まらないまま経営のあせりはますます深まっていく。
このようななか、ここ二年ほど経営状況が上向いているA旅館について紹介したい。
同館もバブル期に設備投資をした資金を回収することができず、数年間赤字経営が続き、大幅な債務超過に陥っていた。この間、団体客が加速度的に減少したにもかかわらず、オペレーションや営業展開は旧態依然のスタイルが続いた。これ以上、今の状態を続けるわけにはいかないと、経営者がとった戦略は、目標数値を明確にした「コストカット」。取れば取るほど赤字幅が増えることがわかった低価格帯の割合を、段階的に中価格帯へ「シフト」する。そして個人客から出る「クレーム」の検証と改善の徹底。
この三つを戦略の柱として二年間続けたのである。その結果、目標としていた「フル償却後単年度黒字」を達成することができた。
どん底から這い上がった経験から学んだことは、コスト管理による収支バランスの改善と、クレーム減少を目指したオペレーション変更だけでは、いわば事業存続がかろうじてできる「普通の旅館」に戻ったというレベルにすぎないとのこと。
さらに「選ばれる旅館」になるためには、顧客にとって「思い出、記憶に残る」旅館になることが不可欠であると、この経営者は力説した。
A旅館の創業当時、女将が最も大切にしていたのがこのことであり、A旅館の原点であるという。
顧客にはその旅館に泊まる目的がある。それを旅館は的確に読み取り、顧客の気持ちを察して接客をしていた。ところが年月が流れ、ハード志向が高まるにつれて、この考え方が逆に薄れていったという。顧客の琴線に触れることのない旅館に行きたいと思うだろうか?旅館に泊まる人が少なくなったのは、そんな一面も影響しているのかもしれない。
今、A旅館は改めて旅館の原点をスタッフが共有し、おほめの言葉が増え続けている。