第336回 ある銀行支店長の思い出
三年ほど前、ある大手銀行の支店長だったAさんが、転勤先から訪ねてきた。
このAさんとは複雑な企業再生の案件で、大変世話になったことがある。
その企業はかつて事業の不振から民事再生を行ったが、複数のグレーなノンバンクが債権者となり、新規営業展開に支障をきたしていた。
そこでこのAさんが所属する銀行が柱となって複数の銀行がこれらの債権を買い取り、「まともな」借入先になったという経緯があった。
この間、さまざまな壁にぶつかったが、あるときは自分の首をかけての決断を下したこともあった。
だから今でもこの案件の経営者は、Aさんには足を向けて寝られないのだという。
このような銀行マンは非常に稀で、大方が危ない道なんか選ばないサラリーマンである。
ところがAさんは、貸出先が元気になることをいつも最優先に考え、行動してきた。
もちろん自分の銀行に損害を与えることは避けながらも、その時々で最善の策を講ずることに、労を惜しまなかった。
だから貸出先の経営者から感謝される、非常に珍しい銀行マンなのである。
銀行は貸出先に対して不公平があってはならないし、なにより金融ビジネスとして成立すべく、不良債権を作るべきではない。
だから金融庁が提示したマニュアルに沿って粛々と事が進むのである。
その際たるものがスコアリングであり、企業の決算内容をフォーマットに入れるだけで、いくら貸せるかを瞬時に決定する。
確かに効率的で合理的なしくみである。
金融機関によって多少の違いはあるが、大部分の融資案件については、マニュアルやガイドラインが意思決定の基軸となっている。
しかしこの制度が定着したことにより、銀行員の経営数値・経営者・事業展開を見る力が極端に低下したという。
なるほど一昔前のような、数字の裏を見抜く眼力は銀行員に求められなくなったのだろう。
しかしそのせいで、企業経営者と銀行の担当者が一緒になって事業を盛り上げていく姿も消えてしまった。
制度やしくみが確立した成果は大きいのだろう。
しかしその影で、A支店長のような人間味あふれる話はもう聞けないのかもしれない。