第408回 事業承継は至上命題 ④

 M&Aについて、少し触れていきたい。

 M&Aは本来企業の吸収と合併の意味である。

 そのため、数年前までは、あまり良いイメージをもたれていなかったのが事実である。

 しかし、最近ではそのイメージは大きく変わってきている。

 それは日本全体が事業承継に悩んでいるなのかもしれない。

 そこで、今回は、新しいM&Aの形を紹介したい。

 紹介したいのが、後継者に悩む地方のビジネスホテルの話である。

 規模としてはどこにでもある地方のビジネスホテルで、他との大きな特徴は無く、地元にある唯一のビジネスホテルとして経営を行っていた。

 この会社をM&Aで買収したのは大手のエンターテイメント産業の企業であった。

 このエンターテイメント産業は、宿泊施設を含めた総合レジャーを企画しており、そのための準備を行っていたが、一から従業員、教育、建物などを考えるとM&Aを使うことによりコストが軽減され、時間も大幅に短縮された。

 それにより、ビジネスホテルはエンターテイメント宿泊施設へと変貌を遂げ、レジャー施設とともに大きく売り上げを伸ばしている。

 元々の社長は株式の売買によって所得を得るとともに、会社から役員退職金をもらい、現在ではそれを元手に観光関係の新たな事業に取り組んでいる。

 経営陣は地元ネットワークを持っているとのこともあり、ほとんどが継続でホテルに係っている。

 ここで考えたいのが、売り手のメリットはよく取り上げられるが、買い手についてのメリットである。

 具体的に考えれば、買い手側は、当然金銭等により相応の対価を支払うわけだが、なぜM&Aによってホテル・旅館を買うのかということである。

 それは大きく2つの意味が考えられる。

 一つは、事業拡大である。

 新規事業に参入する場合そのかかるコストは非常に大きいと言える。

 しかし、M&Aを活用することによって、0ベースから考えるよりも、効率よくスピーディーに新規事業を立ち上げることができるのである。

 また、2つめとして現状のネットワークがそのまま手に入れることができるという点がある。

 従業員はもちろん、地域ネットワーク、シェア、販路、顧客など0ベースから始めると構築するのにエネルギーがかかる部分をそのまま手に入れることができる。

 もちろん、M&Aは必ずうまくいくわけではない、むしろ話の途中で流れることの方が多い。

 しかし、企業存続のため、従業員のため、地域のため、事業承継の大きな選択肢としてその役割は大きいと言える。

 次回は、事業承継の具体例として経営者の中継ぎについて紹介していきたい。

第407回 事業承継は至上命題 ③

 今から6年ほど前、投資が盛んなころ、NHKのドラマで『ハゲタカ』というドラマがあった。

 銀行と新興外資系投資会社が投資を巡って様々な対決をするドラマで、当時、手に汗握り、その中の人間模様に熱くなったのを覚えている。

 あれから6年、その間にリーマン・ブラザーズの破綻、いわゆるリーマンショックがあり、当時のような投資市場は落ち着き様変わりをしている。

 かつてのように、安く買いたたかれ、経営陣を一新し、他に高く売るというようなMBO(マネジメントバイアウト)はこと日本においてあまり見かけなくなったように思われる。

 確かに、統計によると、日本の企業同士の買収や合併いわゆるM&Aの件数は2006年にピークを迎えているが、これを中小企業だけに絞ってみた場合、年々増加しているのが実情である。

 なぜこのようなことが起こっているのか、それは、日本の中小企業の多くが後継者不足の問題に悩まされているからである。

 そして、ここで行われるM&Aはかつてのような敵対的買収や企業の乗っ取りではなく、お互いがウィンウィンな関係になるようなM&Aが多い。

 そこで今回は、現在のM&Aについて少し触れていきたい。

 簡単に言えば、後継者がいない場合の選択肢として、他の会社に会社ごと売る。

 これがM&Aである。言うは簡単ではあるが、実はここに様々な思いやドラマがある。

 M&Aのイメージが昔とは違い、ウィンウィンな関係であるのは、この“思い”の部分が、様々な形で加味されるようになってきたからである。

 例えば、創業者の特別な思い入れがある事業は継続して行うや、従業員は全員継続雇用して欲しい、経営からは退くが顧問や会長として対外的な部分は引き続き行う、自身の生活があるので退職金が欲しいなどが挙げられる。

 もちろん、相手があることなので、こちらの希望がすべて通るといったわけではないだろうが、創業者や経営者の特別な思いを汲めるような、そしてお互いがうまくいくような形のM&Aが行われている。

 また、買い手の側も、自身の発展の為にM&Aを利用するということからかつてのように差額で稼ぐというスタンスではなく、真摯に向き合うようになっている。

 後継者不足に悩む日本の中小企業、統計によれば日本の中小企業の7割ははっきり後継者が決まっていないという。

 そこで、後継“者”ではなく後継“社”という考え方もこれからは必要になってくるのではないだろうか。

 そして、繰り返しになるが、お互いにメリットを享受できるM&Aの仕組みをしっかり作り上げることが今後の旅館業の発展に必要だと考える。

 次回は、そのM&Aの具体的事例を公開できる範囲で書いていきたい。

第406回 事業承継は至上命題 ②

 先日、90歳でこの世を去った三国連太郎さんの代表作『釣りバカ日誌20』の最後に、三国連太郎さん自身の思いが鈴木建設会長の言葉として映画の中で描かれている。

 その中に、『この会社は、私のものでは無い。ここにいる経営陣のものでもない。株主のものでもない。君たち社員のものだ。』『…働いている人とその家族の生活を大切にする。これが企業の社会に対する義務だ。』(釣りバカ日誌20ファイナルより 一部抜粋)というセリフがある。

 もちろん、商法上や税法上など、法的にという部分はあるが、企業のあり方を映し出しているセリフであると感じている。

 事業承継の問題にはこの視点が重要である。

 先週も書いたが、企業には続いていかなければいけないと考えた場合、事業承継をいかにスムーズに行うかは、どの企業も直面する必須の問題であると位置づけたい。

 さてそこで2つのパターンで考えていきたい。

 まずは、日本の中でもっと多い後継者が決まっていないケースについてである。

 このケースでは、特にオーナー経営者の家族による経営の中で後継者がいないケースの場合どのようにしたらよいのかを考えていきたい。

 1つ目は他の人が経営者になる場合である。

 大企業などはオーナー(株主)イコール経営者ではないケースが多いが、中小企業の場合はあまり見られない。

 資本と経営が分離していないのだ。

 考えられるケースとして、従業員の中から後継者を決めるケースが考えられる。

 この場合、当該旅館の内情には詳しく、経験も豊富ということで、後継としてはスムーズに行えるが、ネットワークの問題がある。

 特に旅館業の場合、地元での古くからのつながりであったり、地元の名士である場合が多いのでいきなり経営者が変わった場合ネットワークを持たない場合が多く、難しいともいえる。

 また、従業員の中からでは、感覚が変わらないといったケースもある。

 旅館業に限らず、中小企業の場合、経営者がどのようなネットワークを築き持っているのかといった部分が、経営の中で大きなウェイトを占めるケースが多い。

 また、感覚として従業員と経営者では全くちがい、時には時間に縛られず、無理をしなければいけない場合もある。

 そのため、従業員の中から後継者を決める場合、業種による経験、ネットワーク、感覚といった部分がポイントになると考えられる。

 教育をしなければということを考えると、後継者は早い段階で決定する方が良い。

 その準備にあたり、最近では経営者自身の紹介を行う会社もある。

 例えば、純然たる後継者候補を紹介してほしい場合もあれば、後継者は決まっているが、その教育期間だけ経営をお願いする中継ぎの紹介もある。

 次回は、後継者は別の会社というケースを考えてみたい。

第405回 事業承継は至上命題 ①

 passionという言葉がある。

 日本語に訳せば、情念、感情、愛情、激情、情熱などの意味がある。

 しかし、先日ある人は、『passionはpassionだから、日本語には訳せない』と言っていた。

 なぜこのような話になったかというと、経営をする上で、何が一番大切なのかという問いに対して、その人は『passionとvisionだ』との答えであった。

 私も同じように思う。

 あいにく英語には堪能ではないのでパッションの意味は日本語で情熱と解釈すると、経営者にとって一番大切なものは情熱と戦略と言い換えることができる。

 これが、すべての原点なのだと思うし、このことはなかなか従業員には無い感覚で、俗に言う経営者感覚の最たるものだと思う。

 よく言う創業者はこの情熱と戦略を十分すぎるほどに持ち合わせているのだと思う。

 それが故に大きなエネルギーを発揮できるのだと。

 しかし、今回は後継者にスポットをあてて考えた場合、この経営に対する情熱と戦略はどうであろうかということがしばしば問題になるのである。

 そこで今回からは事業承継について触れていきたい。

 事業承継は、大きく分けて3つのパターンに分かれている。

 1つは後継者、主に親族による事業承継のケース、そして2つめは後継者は役員・従業員の中から指名するケース、最後は後継者が居ないケースである。

 しかし、ホテル・旅館も1つの企業であるが故、ゴーイングコンサーンでいかなる場合においても企業は継続するということが前提なのである。

 もちろんそこには従業員、その先の従業員の家族、そして納入業者、納入業者の家族と企業の経営いかんによって影響を受けるステークホルダーが多く存在することを認識することがスタートになる。

 なので、経営はもちろんのこと、上手な事業承継を行うことは、企業の社会責任を果たす上で至上命題なのだ。

 さて、このことを日本の旅館に置き換えて考えてみると、現在ある日本の旅館の多くは歴史がある旅館が多く創業者経営ではないケースが多い。

 中には創業は江戸時代やそれ以前などという旅館も少なくない。

 また、別の統計によると、日本の企業の約7割が後継者が居ないというデータがある。

 この統計が旅館に必ずしも当てはまるということではないだろうが、この連載では何度も言っているが、旅館は日本の文化を今に伝える重要な役割を担っている。

 そのため、旅館の事業承継問題は、同時に日本文化の承継の問題であると私は位置づける非常に重要なことなのだ。

 旅館の事業承継問題はそこで事業承継の方法やそのために必要なこと、大切なことなど何回かにわけて案内していこうと思う。

第404回 相手を知り、己を知れば 金融機関との交渉 ④

 さて、前々回、金融機関の立場やデメリットを理解し、交渉に臨むというお話をさせていただいた。

 今回は、その具体的な金融支援による企業の再生方法について紹介していきたい。

 まず、一番にあげられる方法としては金融機関へ借り入れ条件の変更をお願いする、いわゆる『リスケジュール』というものである。

 多くは、元金据え置きの利息のみを払うという形で行われていることが多い。

 このコラム欄にもたびたび登場する『金融円滑化法』はこのリスケジュールが受けやすくなっていたという制度であった。

 というのも、金融機関の立場から考えるに、通常の場合、このリスケジュールを実行する際は、前回に合った債務者区分を下げなければならず、その分引当金を積まなければいけなかったのだが、この制度適用中は、債務者区分を下げることなくこの支援を行えたのだ。

 このリスケジュールの支援は、しっかりとした経営計画があり、ゆくゆくの将来像をしっかりと示し、条件を変更することにより、その間企業に体力をつけ、今後の返済実行を目指すという策である。

 しかし、その期間中は新たな融資を受けることが困難になるというデメリットがある。

 そして、次にあげられるのが、最近ではわりと耳にするようになった、『資本性借入金』である。

 この資本性借入金とは、債務超過状態にある企業が現状の債務を資本的な株や劣後ローンに変え、返済条件を大幅に変更してもらう手法である。

 この支援策を受けることにより、企業は元金返済、利息の支払いを劣後にすることができたり、配当という形で利益時に償還するなどの有利な策がとれる。

 しかし、金融機関側としては引当金の額が100%であり、尚且つ、現金はおろか利息の返済も大幅に条件変更されることより、なかなか引き受けが厳しいのが現状ではあるが、近年、公的な機関である『中小企業再生支援機構』や、認定制度である『経営革新等支援機関の認定制度』などにより以前よりかは受け入れやすくなってきている。

 ちなみに、債務を株のような資本に交換することをDES、債務を劣後ローンに交換することをDDSという。

 他にもいくつかの手法があるが、大きくこの2つが良く使われる手法になってきている。

 いずれにせよ、金融機関より条件変更等の支援をお願いし、支援を受けているその間に企業の体力をつけることが大前提になり、そのためには、金融機関の立場をよく理解し、そして、納得、協力、支援していただけるための経営計画が必要になることは言うまでもない。

 もし、このようなことでお悩みの場合はまず身近な税理士等の先生に相談することを、そして、できれば認定機関に指定されている実績のある先生にご相談することをオススメする。