第363回 ある幹部社員研修について

 ある大規模旅館の幹部社員研修を継続して実施している。

 この企業は人材育成に毎年予算を計上し、外部の専門家の指導を受けることで将来の社長候補を育成している。

 旅館業に限らず中小零細企業は、その大部分が経営者の子供に事業承継をするのが常識となっている。

 その後継者候補が最適な後継者か否かを検証するところは極めて稀である。

 事例の旅館は組織と数字を重んじ、社長には最適な人物がなるべきであるという考え方をもっており、幹部社員は誰もが次期社長候補として位置づけられている。

 この幹部社員研修の柱の一つに「もし自分が旅館の社長だったら」というテーマで、実際に旅館内部で起きた事柄を題材にしての討論と意思決定シミュレーションを実施している。

 社員の立場からみると「なぜこんなことをするのか?」と疑問に思うことが多々あるかもしれない。

 しかし、社長の立場と言うのは、一社員もしくは一セクションからの見方だけではなく、経営全体を把握した中での意思決定となる。

 現実的には社長が行う意思決定というのは、すべての関係者が満足するものなどなく、いくつかの選択肢の中で、ベストの選択をしなければならない。

 そこで立場の異なるセクションごとに、この意思決定に至った背景や理由を可能な限り理解させることが必要になる。

 それを行なわないと、不満を持ったままで、モチベーションがあがらない。

 社長シミュレーションでは、社長との立場の違いや溝をできるだけ埋めることにより、意思決定された後の行動を迅速かつ効果的に実践できるようにしたいという狙いがある。

 組織は複数の人間が集まっている。

 人はそれぞれ性格や考え方が異なるのが当たり前だ。

 皆同じはずだと思うから、現場で発生した問題解決がややこしくなる面もある。

 スタッフや顧客の数だけ違った考え方のなかで、社長はひとつだけ結論を出さなければならない。

 その責任の重さを幹部が身をもって理解することができれば、強い組織になる。

 この研修は数年にわたって繰り返し実施している。

 年々幹部の力が増してきているのがよくわかる。

第362回 装置産業としての認識も併せ持て

 中小企業再生支援協議会へ持ち込まれる案件の中で、二次対応つまり再生の土俵へ上ることができるものは極めて少ないという。

 その理由は、借入金の金額はさておいて、単年度で利益が出る見込みが立たないからである。

 つまり多額の債権放棄や劣後ローンを行なったところで、ビジネスが成り立たなければ支援の仕様がないということだ。

 これは理屈から言えば当然である。

 ではなぜそのような状況になったのかというと、いくつかの理由があがってくるが、そのひとつにハード面の問題がある。

 施設・設備の老朽化が進んでおり、今後施設を維持していく上で、かなりの金額の設備投資が必要となる場合がある。

 特に配管や機械関係のリニューアルについては直接売上アップに貢献しない。

 しかし実施しないと営業そのものが存続できないこととなり、旅館経営にとっては致命的となる。

 これは私的整理のみならず、民事再生等の法的整理にとっても大きなネックとなっている。

 二次対応においては、これら資本的支出が発生する設備投資においても、基本的にはニューマネーの投入はなく、あくまでも利益からの内部留保でまかなう必要がある。

 中規模以上の旅館を設備診断した場合、その見積り金額は数億円に達するケースは稀ではない。

 自力再生が無理となった場合、債権者である金融機関は、物件を競売にかけるよりも、任意売却のほうが、希望価格に近い金額で売却できる可能性がある。

 その場合、買い手は当然ながら、設備投資を含めた総合的なマーケティングの観点から投下した資本を何年で回収できるかどうかのみが判断基準となる。

 再生の現場では、とかく営業利益や経常利益にばかり注目されがちであるが、近い将来必要となる設備投資が旅館経営にとっては、非常に重要なポイントである。

 したがって単年度もしくは中期経営計画の策定において、段階的設備投資の内容と金額は是非とも組み込むことが大切だ。

 もちろんわかってはいるが、その余裕が無いから先送りをしているのだという声が聞こえてくる。

 しかし、それは必ず大きな反動となってダメージを与えることになる。

 旅館経営はサービス業であるとともに、装置産業である。この二面性を無視した経営は今後成り立たない。

第361回 受身体質からの脱却を目指せ

 宿泊単価の低下は、収益を生まない体質の現れであるということを何度も述べてきた。

 いわゆる単価破壊は、旅館業界に限ったことではなく、あらゆるところで見受けられる現象となっている。

 利用客からすれば、同じ商品やサービスならば、少しでも安い方がいいのに決まっている。

 エンドユーザーに直接商品を売る立場にあるところは、利幅が少ない低料金であっても、大量に商品を売ることにより、粗利額を確保しようとする。

 その背景には仕入先に対して大幅な価格の削減を要求し、個々の金額を呑むか呑まないかの選択を迫るものもある。

 この構造を旅館に置き換えると、相手先のエージェントや大口の団体から料金提示を受け、全くゼロになるよりは、低単価でも数をこなす方がよいという判断がなされるのである。

 このようなケースが後を絶たず、現場ではコストダウンを実施し続けてはいるものの、ほとんどの場合、欠損が生じてしまう。

 営業の現場では、価格はもう落とせないので、飲み物をサービスする等のプランを提示して成約を目指している。

 しかしこの結果、追加の飲み物や2次消費が期待できず、現場スタッフの士気の低下にもつながっていく。

 ある旅館では、この傾向に歯止めをかけるために、まずエージェントに対する経費がいくらかかっており、実際の粗利額がいくらなのかを分析した。

 具体的には、手数料はもちろん、協賛金や販促費、交通費、付き合い旅行の経費等をエージェント別に算出した。

 さらにこの経費率を、宿泊料金別にかけて、それぞれ裸の金額を出したのである。

 その結果、エージェントによって、経費比率は8%から25%を超えるまで実に幅が広いことがわかった。

 さらに業者別の顧客特性、つまり2次消費が多い客層を持っているとか、平日に送客が期待できる等の要因を加味する。

 このようにして、現在受けているエージェントや顧客の実際の単価が、当館にとって、今後もこのまま受けていくべきかどうかの判断材料にしたのである。

 この旅館では、宿泊料金については顧客やエージェントの言いなりでは受けないという体質が出来上がってきた。

第360回 旅館経営と地域活性化の両立をめざす

 旅館単体での経営努力に加え、地域の活性化に取り組むことで、集客アップにつなげることは、重要な政策だ。

 ところが温泉地の旅館が廃業したり、チェーン展開をしている旅館に経営母体が変わったりして、地元の旅館組合や観光協会、青年部のメンバーが激減している地域は決して少なくない。

 こうなると、わずか数人で運営しているところは、おのずと仕事量が増えることになる。

 ある旅館の若手社長は人望も厚く、進んで地元温泉地の活性化に取り組んでいる。

 ところが人手不足の為、細かい作業まで自分で行う事になり、自身の旅館にいる時間が限られるようになってきた。

 この点については経営者の家族がフォローするということで、地域のリーダーを引き受けたのである。

 旅館においては、常に日常のオペレーションや提供商品、スタッフの動きを管理するとともに、体外的な折衝を含め、社長の仕事がある。

 この類の業務は、可能な限り社長の代理が行う事で、表面上はクリアしていくことができる。

 しかし、少しずつではあるが、旅館経営のほころびが生じてくる場合がある。

 そしてその進捗度合いがよくわからないため、経営サイドでも問題視しないのである。

 仮に社長が旅館の現場や、金融機関の対応に、なんとなく今までと違った雰囲気を感じたなら要注意だ。

 これは経営者不在による弊害が出てくる予兆である。

 この旅館では、このままではいけないとの認識をもったため、朝礼と毎日の幹部社員とのミーティングには、必ず社長が出るというルールを作った。

 そこでは社長がリーダーとなり、各現場での報告、連絡、そして課題解決の追跡を短時間ではあるが、行う事にしている。

 これにより、日々の要となる意思決定を行うことができる。

 社長が一日中館内にいることが重要なのではない。

 マルチで動かなければならない社長は多い。

 ならば、もっとも有効な社長業務の方法を、与えられた条件の中で工夫することが重要だ。

 そしてその結果を検証し、修正していくことを忘れないようにしたい。

 旅館経営と温泉地の地域活性化は切っても切れない関係にある。

 うまく両立させたいものだ。

第359回 計画達成の為の阻害要因を取り除く

 客室数が百を超えるような大規模旅館になると、組織がうまく廻ることが経営上重要となる。

 あいまいな意思決定やどんぶり勘定が結構多い旅館業界だが、数字をことのほか重視している旅館がある。

 この旅館では事業の結果は数字のみで判断するという社長方針のもと、部門ごとの計画や結果は、あらかじめ決められたフォームに則り作成される。

 そして逐次、PDCAを潤沢にまわすために、チェックを怠らないのだという。

 たしかに他の旅館と比較すると合理的で透明性が高い体質があるのだが、現場では課題が見え隠れしている。

 この時期部門別計画書を作成することに労力をつぎ込み、幹部会議にて部門別発表会が終了すると、その計画書は誰も見なくなるという現象がある。

 トップから現場責任者へは、必達の目標数値が示される。

 これを基に達成すべき数値を細かく策定し、落とし込む。

 そしてこれをどのようにして達成していくかという行動計画にブレークダウンしていく。

 ここでは達成させるためのつじつま合わせの要素が入り込んでくる。

 現場責任者としては、トップからの指示に対して「できません」と言うのはもちろん論外。

 いかにして達成させるかという戦術を構築し、クリアすることが中堅幹部の仕事である。

 これはまさしく正論である。

 だが、このご時勢の中、部門の達成目標は簡単に達成できるようなものではないはず。

 行動を起こすなかで障壁となる内容を関係者と共有し、それをどのようにしてクリアしていくかが、実は重要な要素である。

 この段階に入ると、数字ではなく、人にかかわる問題が必ず出てくる。

 「あの人がいる限り、この課題はクリアされない」とか「ここから先はタブーとなっている」というようなことが出てくる。

 経営者及び幹部はこの段階で目をつぶらないことが大事だ。

 あくまでも基軸が「計画を達成させるためには例外を作らない」というルールを前もって確立することだ。

 それをあらかじめ共通のルールとしておくことにより、PDCAが廻っていく。

 流れが止まる要素は何か、これを認識しクリアしていく工夫が最大のポイントだ。