第343回 協議会版DDSについて

 各県の中小企業再生支援協議会を活用した旅館の再生案件がかなり多い。

 数年前までは、借入金の返済猶予(リスケ)という手法が一般的だった。

 しかしこれでは抜本的な改善ができないまま猶予期間を迎えてしまうことが多い。

 また、安易な再建計画のため、実績が計画に遠く及ばない事態が発生し、債権途中で民事再生の申請を行わざるを得なくなった事例もある。

 そこで特に借入金額が多い大型旅館の場合は、金融機関債務の一部を劣後ローンにして、当面の借入返済額を少なくし、なおかつ劣後ローン分は猶予期間中、負債扱いはしなくてもいいという方法を選択するケースが目立ってきている。

 これが「中小企業再生支援協議会版資本的借入金(いわゆる協議会版DDS)」である。

 これによるとDDSの期間は15年で適用金利は0.4%程度である。

 ここで重要なことは、計画策定の条件として3年以内の黒字化、5年以内の債務超過解消ということである。

 黒字化というのはフル償却を行ったうえでの利益確保であり、債務超過解消とはDDS分の負債は含まないものの、これまでの減価償却不足や財務査定による実質債務超過額を基準としている(決算書上の債務超過額をかなり上回るケースがほとんど)点である。

 これは何を意味するかと言うと、3年以内に単年度で利益が出る体質に変わる可能性が高い旅館にのみ、対象となる再生方法なのである。

 つまり条件を緩和しても再生の見込みが立たないところには、支援できないといっているのだ。

 だからこそ、この支援を得ようと検討している旅館は、フル償却をしての損益分岐点売上高を基準として、現在の損益状況とのギャップを計算する必要がある。

 そして3年間の猶予期間内にこれをクリアしていく売上高アップと、コスト削減の目標値を明確にすること。

 またそれを実現させるための具体的な方法を確立していくことが不可欠だ。

 この段階でコンサルタントのサポートを得て作成するケースが多いが、実行していくのはあくまでも経営者自身である。

 途中で頓挫してしまっては、その次の再生支援は無い。

第342回 経営効率化と顧客満足の両立

 経営効率化と顧客満足の両方を同時に強化しなければならない、という課題を抱えている旅館が多い。

 典型的な例は、債権者である金融機関が旅館の経営状況に逐一口を挟む環境にある旅館だ。

 基本的に返済猶予中の場合は、試算表の提示を毎月求められ、計画との差異がある勘定科目については、その理由を細かく聞かれる。

 また、軌道修正をどのように実施していくかを早急に回答するよう求められる。

 特に金額が多い人件費については、変動費と捉えよというスタンスのところが多い。

 つまり、計画した売上高に達しない場合は、その分人件費を減少させよという論理である。

 旅館の現場では、すでにリストラの実施や、退職者の補充をせずに、何とか現場でまわしているところに、さらにもっと減らせという指示がくる。

 そうなると客に対するサービスの低下という形に表れる。

 ある旅館で「この旅館は以前よりも質が低下した」と客が現場のスタッフにクレームを出したところ、「人が少なくてやっとこなしている状況です」という言葉が返ってきた。

 ある意味非常に正直な回答であるが、内部事情を口実にするほど疲弊していることを、ネットエージェントの口コミに投稿されたのである。

 経営者はさぞびっくりしたことだろう。

 多くの旅館はこのような現実に対して、客に不満を与えないようにはどうしたらいいかを、工夫と努力で乗り切ろうとしている。

 しかし、現場からは、状況は理解できるが、いたいいつまでがまんすれば、この体制から脱却できるのかという不安の声が上がる。

 それに対して明確な回答ができない経営者に対しては、やがてその旅館を去っていくスタッフがまた1人2人と現れることになる。

 これら負のスパイラルを断ち切るためには、この難問に対して断じて逃げてはいけない。

 常に現場に目を向け、先頭に立って取り組んだ経営者だけが現状を打破する可能性がある。

 現実に目を背け、あきらめてしまったところは、例外なく自主再建はできなくなっている。

 金融機関は結果だけを重視する。

 求められた結果を導き出す方法を決めて実行するのは、あくまでも経営者である。

第341回 宿泊単価をどう捉えるか

 決算期を終え、次年度の経営計画を銀行に提出したある旅館では、それをどのように実現していくかというテーマで幹部会議を開いていた。

 この旅館は銀行からの金融支援(リスケ)を受けており、売上が伸びる要素がなかなか見つからないため、相当の経費削減を要求されている。

 しかしその金額は返済財源を確保するために逆算されたものであり、旅館からすれば現実的な数字とは到底思えないものであった。

 これまで原価や経費のコストダウンを続けている中、さらに大幅な人件費削減を要求されたのである。

 つまり次年度経営計画の実態は、こういった銀行の意向をそのまま反映したものに他ならない。

 銀行の言い分は、その立場に立てば分からないわけではない。

 しかしその計画が実現できなければ、経営者の交代もありうるという言葉を、素直に聞き入れるわけにはいかない。

 いまこそ自分たちがふんばらなければならない時だという、強い経営者の思いがあった。

 そこでこの旅館がとりかかったのは、「ビジネスモデル分析」だ。

 決算書の損益計算書の数値を年間宿泊客数で割り、宿泊客一人当たりの損益実績をだした。

 次に売上原価とエージェント手数料を変動費ととらえ、宿泊価格帯別に宿泊客一人当たりの損益モデル一覧表を作成した。

 その結果、この旅館では、宿泊単価一万四千円が損益分岐点宿泊単価であることがわかった。

 それ以下では、宿泊客一人当たりの経常損失が発生するのである。

 当然宿泊単価が下がれば下がるほど損失額は増えてくる。

 そこで現在の宿泊単価別の年間入込客数と各売上高一覧表をエクセルで作成し、それぞれの数値をシミュレーションすることで、平均宿泊単価と連動させたのである。

 現状の平均宿泊単価は一万三千円であった。

 分岐点との差額二千円を二年計画で埋めるという目標をたてたのである。

 そこで入込数の多い価格帯三本に絞り、これらをまず千円アップをめざし、価格帯をひとつ上のランクに移行させることを、全社体制で取り組み始めた。

 この旅館経営者は、その推移を逐一チェックし、予約や営業担当の宿泊価格交渉を陣頭指揮している。

第340回 課題の抜本的背景に着目する

 経営者はさまざまな意思決定を日々継続して行わなければならない。

 単純で答えが明確なものは、スピートやタイミングが重要だ。

 これらを対処していくためには、部下に権限委譲を行うことができる。

 しかし、経営者自らでないとできない類の意思決定がある。

 これは明確な答えが存在せず、矛盾だらけの要素のなか、どっちにころんでも、すっきりとはいかないやっかいなものである。

 これをあえて矛盾の姿のままで放置せず、その旅館なりの方向性を自ら示していかなければならない、大事な意思決定である。
 
 重要な意思決定を行うには、可能な限り正確な情報や判断材料が不可欠だ。

 経営者が旅館のすべてを見渡せる範囲で運営されていればいいが、そのような条件のところは数少ない。

 旅館は経営者の知らないところで、同時にいろいろなことが起きている。
 
 重大な問題解決や新たな展開を図ろうとする場合、実のところ何が起きているのか、その根本原因や背景は何があるのかを、「これでもか」というくらいしつこく探っていくことが大事だ。

 ここのところが結構あいまいであることが多い。

 だから現場担当者や幹部から挙がってきた判断材料は、完全ではないという仮設のもとで、これを検証する作業やしくみを持っていたい。

 例えば、その現場に出向いてみることや、複数のスタッフからのヒアリングを行う。

 これをもとにその原因・背景を自分なりにたて、再度確認するというプロセスである。

 現場からの報告を鵜呑みにせず、「それはそもそもどういうことか?なぜそうなったのか?」を数回繰り返すことにより、当初の報告の内容が揺らいでくる場合がある。

 この兆候を逃さないことが、後々の意思決定を誤った方向に向かわせない有効な予防策となる。

 旅館を取り巻く外部環境の変化そのものは、旅館経営者がまず素直に受け止めることだ。

 そしてその変化が我が旅館にどのような影響を与え、今後どう対処していくかという大きな命題を経営者は抱えている。

 それとともに、日常発生するさまざまな課題とその問題可決をどのように対処しているか?

 課題・背景の抜本的な検証と意思決定を密度濃く、かつスピード感をもって日々当たること。

 これは経営者の重要な仕事である。

第339回 家族客に支持される旅館づくり 

 明らかに団体客が減った今、いかに個人客やグループ客を取り込み、そして財布の身もが固いなかで総消費単価をあげていくか、日々頭を悩ませている旅館経営者が多い。

 特に家族客の場合、旅行業者のパンフレットを見れば、プールやバイキングの充実度をアピールしている大規模旅館に目が移ってしまう。

 そして家族合計の宿泊費と、交通アクセスを勘案した結果、旅館が選ばれるというパターンがある。

 しかし、旅館全体からすれば、そのような基準を満たしている旅館はごくわずかであり、そうでない旅館がいかにしてこれらの客層を取り込むことができるかが、大きな課題となっている。

 旅館経営者の方々が、これらをテーマとした研修会の席で出る言葉は、「施設では勝負にならず、それに勝る魅力で顧客を引き付けることは困難だ。」

 ここで例えば小さな子供二人を抱えた四人の家族客を想定した場合、子供が楽しむことが出来る施設やイベントがあって時間を過ごせ、大浴場ではしゃいで好きなものを好きなだけ食べることが出来るバイキングがあり、少しぐらい子供が騒いでも、似たような客が多いような、気が楽な旅館がいい。

 しかし、このような施設重視のパターンの旅館しか家族客に受け入れられないわけでは決してない。

 むしろそれ以外の魅力を持った旅館があまりにも少ない、あるいはその取組みが中途半端であるため、顧客にとって、魅力あるものに仕上がっていないのが問題だ。

 前述した四人家族の場合、子供が夢中になるものを自然環境や食事、人的な要素で商品化することと、そのお守り役である親へのサポートをセットで盛り込むことがポイントだ。

 ある海辺の旅館では、ベランダからかもめにえさをやったり、家族で簡単なつりを楽しむことができるため、これら細切れの未体験を集めた旅館ライフを提案している。

 そして汗びっしょりになった子供の浴衣の着替えを優先的に用意している。
 
 要はいかに家族四人が楽しい旅行になるよう、旅館が演出しサポートしてあげることができるかが、その力量が家族客に支持される旅館の差となって現れてくる。

 旅館の魅力はその顧客を思い描いて旅館自らが作り上げるものである。