第338回 旅館の介助支援をどう考えるか

 我々の地元に、「優しいお店プロジェクト」という活動をしているNPO団体がある。

 内容は高齢者や障害者等介助を必要とする人に対して、お店側が必要な知識と技能を身につけたスタッフを「接客士」と認定している。

 そして充分な介助支援接客を行う事により、これらの人々にとって快適な買い物やサービスを受けてもらうことを目的としている。

 我々もその活動に参画して、研修現場を見続けてきた。

 そこで強く感じることは、それぞれ異なるサービス業の受講者たちが、研修を終えて自分の職場に戻ったとき、本当に現場で活用することができるかどうかである。

 世の中、いろいろな研修制度があるが、その目的もさまざまである。

 なかにはその肩書きが就職に有利だとか、昇進のための条件となっているようなものもある。

 しかし、今回の事例は、現場で活かしきれることにこそ、価値がある。

 この研修を間近に見る時、当然旅館の現場を思い浮かべる。

 旅館には車椅子を用意しているところが多い。

 ところが車椅子に客を乗せて館内を案内することができるスタッフが、果たして何名いるのか。

 館内のすべての施設をこの客が利用する場合のサポート体制ができているのか。

 この質問を旅館に投げかけると、基本的に客の介助者に任せているという回答が戻ってくる。

 つまり、車椅子や手すりはあくまでも利用者の為のハード整備に留まっている。

 でもそれで本当にいいのだろうか。

 このような場合、当人はもちろんだが一番大変なのは介助する立場の人だという。

 なるほど介助者の立場に立てば、旅館でのんびりと言うには程遠いのではないか。

 ならば介助者の負担を少しでも旅館が減らしてあげることはできないだろうか。

 そのためには接客スタッフが介助の基本はもちろん、当人や介助者の気持ちを理解したうえでのオペレーションを身につけることができたら、提供サービスの内容は全く違ってくる。

 そこまでできれば、旅館の利用を「介助が必要だから」と言う理由で控えている多くの人たちを、新たな見込み客として捉えることができる。

 車椅子や手すり・スロープのようなバリアフリー対応があるだけでいいのかどうか、今一度検証してもらいたい。

第337回 クレームの本質を見抜く

 コマ客が多い時期はクレーム発生の件数も多くなる。
 
 この夏はクレーム処理の対応に追われたところも多いようだ。

 よく話題にのぼるのは、クレーム処理の効果的な方法についてである。

 もちろんすみやかに対処し、対象となった顧客の不満を和らげる現場対応は重要である。

 また一方で、現場のクレームや課題を正確にトップが吸い上げ、その原因を分析し、抜本的な改善を図ることも重要な事柄である。

 これを実施しないで、起こったクレームに対処していては、結局同じことの繰り返しとなる。

 ある旅館では、毎日複数の現場で発生する問題や、顧客からのクレーム内容の詳細と対処結果を取りまとめる仕組みを作った。

 それはある現場で起こった出来事は、他の部署でも起こる可能性が大きいという仮設のもと、旅館全体での是正・予防措置をつくりあげていくことを目指した。

 とかく現場での問題やクレームは、その場で隠蔽する傾向にあったため、当事者に対しては責めたりしかったりすることをせず、とにかく現場からの報告を挙げてくることを歓迎するという姿勢を示した。

 その結果、一日に数件の案件が挙がってくるようになった。

 しかしその報告書の中身を検証してわかったことは、報告者が記述した内容と実際の事実とが異なるケースが多かったのである。

 例えば客室から氷のオーダーがあったとき、有料だと回答した結果、不愉快だとした記述があった。

 しかし検証の結果、このケースでは子供の水筒に数個の氷を入れたいというオーダーだったという。

 言葉のやり取りを正確にフィードバックすることは難しいが、このケースの場合は、氷が有料かどうかということではなく、客の立場と要求を正確に把握せず、機械的に返答したことによるトラブルであった。

 顧客の要求とその背景を瞬時に把握することは困難だが、少なくともそういう配慮のあるなしと、それを導き出すヒアリング力がこのケースの最大のポイントだ。

 現場からあがったクレームや課題をそのまま受け止めるのではなく、事実とその背景を可能な限り検証しないと、経営者は本質を見失ってしまうことになる。

第336回 ある銀行支店長の思い出

 三年ほど前、ある大手銀行の支店長だったAさんが、転勤先から訪ねてきた。

 このAさんとは複雑な企業再生の案件で、大変世話になったことがある。

 その企業はかつて事業の不振から民事再生を行ったが、複数のグレーなノンバンクが債権者となり、新規営業展開に支障をきたしていた。

 そこでこのAさんが所属する銀行が柱となって複数の銀行がこれらの債権を買い取り、「まともな」借入先になったという経緯があった。

 この間、さまざまな壁にぶつかったが、あるときは自分の首をかけての決断を下したこともあった。

 だから今でもこの案件の経営者は、Aさんには足を向けて寝られないのだという。
 
 このような銀行マンは非常に稀で、大方が危ない道なんか選ばないサラリーマンである。
 
 ところがAさんは、貸出先が元気になることをいつも最優先に考え、行動してきた。

 もちろん自分の銀行に損害を与えることは避けながらも、その時々で最善の策を講ずることに、労を惜しまなかった。
 
 だから貸出先の経営者から感謝される、非常に珍しい銀行マンなのである。
 
 銀行は貸出先に対して不公平があってはならないし、なにより金融ビジネスとして成立すべく、不良債権を作るべきではない。

 だから金融庁が提示したマニュアルに沿って粛々と事が進むのである。

 その際たるものがスコアリングであり、企業の決算内容をフォーマットに入れるだけで、いくら貸せるかを瞬時に決定する。

 確かに効率的で合理的なしくみである。

 金融機関によって多少の違いはあるが、大部分の融資案件については、マニュアルやガイドラインが意思決定の基軸となっている。

 しかしこの制度が定着したことにより、銀行員の経営数値・経営者・事業展開を見る力が極端に低下したという。

 なるほど一昔前のような、数字の裏を見抜く眼力は銀行員に求められなくなったのだろう。

 しかしそのせいで、企業経営者と銀行の担当者が一緒になって事業を盛り上げていく姿も消えてしまった。

 制度やしくみが確立した成果は大きいのだろう。

 しかしその影で、A支店長のような人間味あふれる話はもう聞けないのかもしれない。

第335回 内的要因に真正面から取り組む

 ある旅館の朝、階段の踊り場に客室で使用したシーツが無造作に積み上げられていた。

 よくある風景である。

 担当者はチェックアウトした客室から出来るだけ効率よく清掃にかかりたいという気持ちから、この行動が起こる。

 この旅館では、以前あちこちでこの光景が見られた。

 あまりに見苦しいので経営者にそのことを伝えたところ、直置きはせず、必ず専用のかごに入れるという決まりを早速作った。

 現場のチェックがおろそかになっていたことは問題だが、すぐに改善を指示したスピード感はとてもすばらしかった。

 ところが数ヵ月後、冒頭の出来事が発生した。

 偶然そのことが経営者に伝わったため、早速担当者を特定し注意するとともに、清掃スタッフ全員に、再度仕事の段取りと注意点を指導した。

 この旅館は、このような細かいことを常に顧客目線を基軸にして決まりごとを作り、現場に指導している。

 そしてしばらくしてそのほころびが見え始めると、再度緊張感を持ってもらうよう指導を繰り返す日々である。
 
 旅館は多くのスタッフが働き、人の異動もある。

 また、一度決められたことも日常の慣れが少しずつその形を崩していくことが多い。

 だからこの経営者は常に現場を見て廻っている。
 
 日常の業務が忙しくなればなるほど、それをこなすことでせいいっぱいになり、仕事が粗くなりがちである。

 八月の繁忙期にクレームが多いのは、これもひとつの原因ではないだろうか。
 
 顧客よりも自分の都合が優先される行動になるのはよくあることだ。

 しかしそれは顧客を失うことになる重大な要因である。

 それをさせないようにするには、繰り返し現場でのチェックと指導を行うのと同時に、更なる業務オペレーションの改善が必要になるケースもある。

 その判断を常に経営サイドはしていかなければならない。
 
 今、客足が遠ざかり集客に悩んでいる旅館は多い。

 その原因が外的要因に起因すると考えられがちであるが、決してそれだけではない。

 よりいっそう厳しい環境下にあって、旅館の内的要因について、真正面から取り組んでいる旅館が評価されるのである。

第334回 見直すべき旅館の慣習

 ある旅館では、日常の会議がとても多く、その殆んどが数字を追うものである。

 しかしそれだけでは新たな発想が生まれないので、あえて経営数値にとらわれないテーマでディスカッションを行っている。
 
 そのなかの今月のテーマが「旅館の常識、世間の非常識」であった。

 つまり、旅館では当たり前だと思っていても、客から見れば不思議なことが結構ある。

 これをピックアップして提供商品やオペレーションをダイナミックに変えていこうというのが目的だ。
 
 従業員からのヒアリングや顧客アンケートにより、あげられた主な項目は次のものであった。
 
 なぜチェックイン時に夕食の飲み物をオーダーしないといけないのか?

 食べきれないほど夕食が出るのに、同じような追加料理がリストアップされているのはなぜか?

 売店はどこも同じようなお土産が並んでいるのはなぜ?

 旅館の飲み物や二次会処はなぜこんなに高いのか?
 
 冷蔵庫の飲み物はセルフサービスなのになぜサービス料が付加されるのか?
 
 休前日や特別日は平日となぜこんなに料金の格差があるのか(旅行商品全般に言えることだが)?
 
 これらはかなり以前から多くの旅館で行われており、今も残っている現象である。
 
 理由はいろいろあるだろうが、その殆んどは旅館の勝手な都合であり、客は首をかしげることが多い。
 
 当館では、この手の慣習を払拭していかないと、この先、生き残れないという危機感を持っている。
 
 しかし、日常の業務の中では、これらの議論は続かない。
 
 また、すぐに声の大きい幹部から「それはできない」とよこやりが入り、ストップしてしまう。
 
 こんなことを予測した社長はあえて若手を中心としたプロジェクトチームに権限を与え、特命チームとした。
 
 社長は客から見て理解しにくいしくみや制度は徹底的に排除していくとしている。

 なぜならば、もはや隣の旅館が競合するというレベルではなく、旅館自体を選んでもらえないところまできているという危惧があるからだ。

 このことにまず気づき、抜本的な対策を旅館はとるべきである。